私は、都心から少し離れた場所で、小さなアパートを経営している大家です。三十年以上、大きなトラブルもなく、入居者の皆さんと良好な関係を築いてきたと自負していました。あの悪夢のような出来事が起こるまでは。問題の部屋の入居者は、田中さん(仮名)という、物静かで真面目そうな印象の四十代の男性でした。家賃の支払いも遅れることなく、私は彼を優良な入居者だと信じて疑いませんでした。最初の異変は、他の入居者からの「田中さんの部屋のあたりから、時々変な臭いがする」という、些細な苦情でした。私は、たまにゴミ出しを忘れただけだろうと軽く考え、「本人に伝えておきます」と返事をしただけで、深刻には受け止めませんでした。今思えば、これが最初の、そして最大の過ちでした。その後も、郵便受けが常にパンパンになっている、共用廊下に私物が置かれるようになった、といった小さなサインはありました。しかし、私は「プライベートなことだから」と、見て見ぬふりをしてしまったのです。決定的な事態が発覚したのは、消防設備の定期点検の時でした。点検業者が何度インターホンを鳴らしても応答がなく、私がマスターキーでドアを開けた瞬間、言葉を失いました。玄関はゴミで塞がれ、その隙間から見えた部屋の中は、天井近くまでゴミが積み上げられた、まさしく「ゴミ屋敷」だったのです。強烈な腐敗臭が廊下に溢れ出し、私はその場で吐き気を催しました。あの時、最初の苦情の段階で、もっと真摯に向き合っていれば。郵便受けが溢れている時点で、何か異変があったのではないかと、一歩踏み込んで声をかけていれば。私の「見て見ぬふり」が、問題をここまで深刻化させ、他の入居者に多大な迷惑をかけ、そして何より、田中さん自身を社会的に孤立させてしまったのです。大家としての責任は、家賃を回収するだけではない。入居者の小さな変化に気づき、物件全体の安全と環境を守ること。その当然の義務を怠った私の後悔は、今も消えることはありません。
ある大家の後悔!ゴミ屋敷のサインを見逃した日