その日、私は、新しい生活への期待に胸を膨らませていました。都心に、少し古いが、日当たりの良いアパートを見つけ、一人暮らしを始めたばかりだったのです。最初の数週間は、何事もなく、平和な日々が過ぎていきました。しかし、ある夜、事件は起こりました。シャワーを浴びようと、脱衣所の電気をつけた瞬間、白い床の上を、黒くて小さな、米粒ほどの虫が、ササッと走り抜けていったのです。「なんだろう?」と思ったものの、その時は、特に気に留めませんでした。それが、後に続く長い悪夢の、ほんの序章に過ぎないとも知らずに。数日後、今度はキッチンで、同じ虫を二匹、同時に見つけました。さすがに不審に思い、スマートフォンで調べた結果、その正体が「チャバネゴキブリの幼虫」であることを知りました。そして、その記事に書かれていた「一匹見つけたら、百匹はいると思え」という、絶望的な一文に、私の血の気は引きました。その日から、私の生活は一変しました。夜、キッチンに行くのが怖くなり、電気をつけるたびに、床や壁に黒い影を探してしまう。食事をしていても、どこかから現れるのではないかと、常に怯えている。安らげるはずの自分の城が、いつの間にか、敵地に変わってしまったのです。私は、市販の殺虫剤を買い集め、ありとあらゆる対策を試しました。ベイト剤を置き、燻煙剤を焚き、毎日、床に這いつくばって掃除をしました。しかし、敵の数は、減るどころか、日を追うごとに増えていくようにさえ感じられました。成虫の姿も、ちらほらと見かけるようになりました。私の精神は、限界でした。眠れない夜が続き、食欲もなくなりました。そして、ついに、私は白旗を上げ、プロの駆除業者に助けを求めました。業者の方は、私の話を聞き、部屋を調査した後、静かにこう言いました。「ああ、これはもう、壁の中に巣ができてますね」。あの最初の一匹を見つけた時に、すぐに行動を起こしていれば。その小さなサインの重みを、正しく理解していれば。私の後悔は、あまりにも深く、そして遅すぎたのです。
一匹の幼虫から始まる悪夢、私の体験談